前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―


「令嬢というのも楽ではない。拘束されてばかりだ」

「鈴理お嬢さま……」


「父さまや母さまを恨んだことはないが、少しくらい皆と同じように自分の好きにできる時間を持たせてくれても良いじゃないか。折角空がデートに誘おうと思ってくれていたというのに、それを断るしか選択肢が無いなんて」


目に見えるほど鈴理先輩は大きく落胆していた。

貧乏家庭には貧乏家庭なりの事情があるように、金持ち家庭には金持ち家庭なりの事情があるみたいだ。


俺はお金が無い代わりに時間があるけど、先輩はお金がある代わりに時間が無い。


デート一つしようとするだけで、ここまで違うんだな、俺等。


改めて先輩との身分差を見せ付けられた気がする。



「元気を出して下さい」



そう言葉を掛けた時、田中さんが着いたと俺に声を投げ掛けてきた。

窓の向こうに目を向ければ、見慣れた景色が視界に飛び込んでくる。


ブロック塀の囲いにすっぽりと収まった築三十五年の二階建てボロアパート。2DKベランダなし。家賃は四万。

俺はあのアパートの二階に住んでいる。


俺が引き取られる前から、親が生涯の住居として身を置いているそうだ。

稼ぎが良くなったら、もっといい部屋に住めばいいのに。


俺は巣立ちしたら、暮らしに余裕ができるのだから……いや、そうでもないか。父さん、母さんの収入的に。


車から降りると、名残惜しそうに鈴理先輩も下車。


もう少しだけ会話を楽しみたいようだ。繋いだ手がしっかり握りしめてくる。


頬を膨らませ、仏頂面に不貞腐れた表情が不覚にも可愛く見えた。まんま子供だ。


「また、な。空」

「はい。今日は送って下さってありがとうございます」


ぶう。まだ先輩は脹れている。

あーあ、どうしようかねぇほんと。


周囲を見渡すと、俺はあたし様の機嫌を取るために勇気を振り絞っておでこにキスをした。


現金なお嬢様はそれだけでご満悦。


危うく車に引き戻されそうになったけれど(鈴理「やっぱり英会話はキャンセルだ。ラブホへ行くぞ!」)。



「それにしても参ったなぁ」
 

先輩の乗せた車を見送った俺は小さく溜息をついて家のある方角へと足を動かし始める。


まさかデート一つで四苦八苦するなんてなぁ。

先輩を喜ばせるつもりが、俺の配慮足らずであんなに落ち込ませちまった。先輩が多忙なのは知っていたのに。


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