前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
ついに枝から巾着袋が滑り落ちる。
俺は間一髪のところでそれを片手でキャッチした。
「良かぁあああァアアア?!」
安堵の息をつく、間もなく俺の体は下に落っこちた。
うん、あれほど嫌だと思っていたのにあっさり落っこちまった。
恐怖を感じる暇も無かった。
なのに人間って不思議。
落ちる一瞬がスローモーションに見えるのだから。
傾く体と重力を感じるその瞬き、脳裏でフラッシュバックが起こる。
“あの時”も俺は落ちた。
“何”かを目にして“落”ち、頭を地面にぶつけて――。
体に衝撃が走る。
地面とぶつかった衝撃にしては、覚悟していたものよりも弱弱しい。
もっと強い衝撃を俺は知っている。
「この馬鹿」
いつの間にか閉じていた瞼を持ち上げれば、あたし様の強い眼光が俺を射抜いていた。
何が起こったか分からず目を白黒させていると、彼女がその場に尻餅をついて呻いている姿が。
彼女の腕の中にいるのだと、鈍感男はようやく気付く。
先輩が危機一髪で受け止めてくれたのか(というより下敷きになってくれた)、まるで王道少女漫画のような展開だ。
遺憾なことに落ちる男を助けたのが女の先輩だったけれど(図体の男が女性に助けられるって……)、
更にヒーローはヒロインの図体を受け止められなかったけれど(雄々しくても彼女は女の子だ。怪我はしていないだろうか?)、
これも立派な王道場面のひとつだろう。
「胆を冷やしたぞ。まったく、高所が駄目なら駄目と言え……もう大丈夫だから、泣くな」
指摘されて自分が涙しているのだと理解する。
目元に指先を当てる。
その指が小刻みに震えていた。俺は安堵の息を漏らす。
そして情けない程に体が震えた。
血の気がなくなるほど握り締めている巾着袋を一瞥し、
「無事でよかった」
誤魔化すように携帯の安否を口にして洟を啜る。
喉の奥が焼けるような、引き攣るような、そんな感情が込み上げてきた。
あたし様から前髪をかき上げられた。
ふっくらとした桜色の唇が瞼に押し付けられ、俺は思わず泣き笑い。
自分から手を伸ばして彼女の背に手を回した。
珍しい俺の甘えに鈴理先輩が一笑を零し、
「ありがとうな。あたしのために見栄を張ったのだろう?」
馬鹿で可愛いカノジョだと称してくる。
生物学上、彼氏なのだけれど……今は修正するのもめんどくさい。