前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
「親衛隊がいたからか?」
期待を込めた瞳とかち合う。
目尻を和らげてくる先輩にかぶりを振り、
「親衛隊のためじゃないっすよ」
今の気持ちを素直に白状する。
これは親衛隊うんぬんに勝負を挑まれたからじゃない。
もしも親衛隊だけの理由でどうのこうのだったら俺は木に登る時点で心が折れていた。
正直、トラウマの恐怖から木に登ってもすぐに下りていただろう。
じゃあ何で無理をしたか。
そんなの決まっているじゃないか。
此処で逃げたら先輩に対しての気持ちや、気になりつつある先輩への自分の気持ちを否定すると思ったから。
「……俺は親衛隊に認められたくて無理したんじゃないんっすよ」
「では何故? 返答次第では自惚れてしまうぞ」
鈴理先輩の照れた声に俺は馬鹿みたいに心臓が高鳴った。顔が熱くなる。
なんでってそんなの決まっている、決まっているんだ。
「あれは、先輩が貸してくれた大事な携帯だから疵付けたくなかったんです。それに先輩が傍にいたのに、逃げるなんてカッコ悪いこともできなかった。逃げたら俺は今の自分の気持ちにも逃げるような気がして。
なにより誰彼に言われて先輩と別れるなんて嫌だったんっすよ……言ったでしょう。逃げてばかりの俺だけど、誰にも貴方を取られたくない、と」
すると先輩の頬が薄っすら赤く染まった。
初めて見る先輩のちゃんとした照れ顔に俺は小さく目を見開く。
対照的に先輩はぶっきら棒に、頬を掻きながら視線を外した。
「なあ、空。これ以上あたしを惚れさせてどうするんだ?」
先輩もこんな風に照れるんだ。
なんか可愛いな。
容姿が可愛いじゃない。
先輩が可愛い。
女の子らしいっていうか、なんていうか。先輩を見ていると心が熱くなる。
あたたかな沈黙が流れた。
先輩が赤面しているように、俺も負けじと赤面しているんだと思う。
風呂上がりのゆでだこ顔のようになっているのだろう。
それでも言葉を撤回するつもりはなかった。この気持ちは本当なのだから。
甘い沈黙を裂くように、彼女が距離を詰めてくる。
ウェーブがかかった髪を靡かせ、強い感情を宿した瞳は俺を捉えてばかり。
形の良い唇はこの空気に終止符を打たせるための言葉を紡いだ。