蜜林檎 *Ⅰ*
優しいキス

語る過去

「杏、今から話す事を
 ちゃんと
 最後まで聞いてほしい」

食事を取りながら話すような
内容ではない事を、樹は
分かっていたが、二人だけの
時間は限られている。
 
いつも以上に真剣な樹の瞳に
杏も手を止めて、お箸を置き
彼を見つめて頷いた。

「前に、杏の家の近くに
 住んでいた事があると
 言ったのを覚えてる?」

「確か、デビュー前に・・・」

「上京したばかりの俺達は
 安くてボロいアパートを
 借りて、五人一緒に
 そこに住んでいたんだ
 
 皆それぞれにバイトを何箇所
 も掛け持ちして働いた」

そうして、できたお金を寄せ
集めてスタジオを借りてバンド
の練習をし、ライブハウスで
歌わせてもらう日々が続いた。
   
「その費用に大半は使われ
 残ったお金は遅れた家賃に
 光熱費を支払うだけがやっと
 ・・・
 お金はいつも底をついていた
 ・・・」
< 296 / 337 >

この作品をシェア

pagetop