夏の幻
反射的にその音のする方に顔を向ける。
ちょうど真横の家の二階。
陽射しが眩しく目を細めるが、太陽の光の中に浮かぶその姿に俺は全神経を奪われた。
…二階の窓からそっと覗く人影。
日本人形の様に整った顔立ちに、びっくりする程白く滑らかな肌。
赤い着物からのぞく手の指先まで、俺の所からはしっかりと見えた。
…彼女はニコリともせずに俺を見下ろしていたが、俺と目があうとすぐに奥に引っ込んでしまった。
その拍子に、彼女の長い黒髪に結ばれていた鈴がチリンと鳴った。
俺はしばらくその場から動けなかった。
生暖かい夏の風が頭上を通り過ぎてようやく、現実の世界に引き戻される。
俺はゆっくりとその家を見た。
…所謂廃屋と呼ばれるその家は、とても人が住んでいる様な雰囲気ではない。
暑いはずなのに背筋につうっと冷たいものを感じ、気付けばがむしゃらにペダルを漕いでいた。
……………