雪女の息子
黒と白で、彩りを取り残した内装の中で、ほんの些細な紅。
たった二雫の血の彩り。どうしてそれだけでこんなにも美しいと感じてしまうのだろう。
白峰は小さく吐息を漏らす。

「なにか、飲みますか?」

「あ、はい!」

冬矢の細い指が、黒い液体を白いカップに注ぐ。その動作一つでも白峰は目を奪われてしまうが、今は取材で来たのだ。目をきつく結んで首を振る。
鞄からノートとペンを取り出し、カメラも準備する。冬矢を、この店を深くまで知り、記事に載せてみたい。彼のすべてを知りたい。

「あの、店長さんですよね」

「はい。雪代と申します」

まずは答えやすい手頃な質問。あの時、店員に指示を送ったのを見れば誰でもそう思う。
冬矢はその質問に柔らかく答えながら、名乗る。そして白峰はノートに書き込みながら次の質問に移る。

「このお店は、何年から?」

「そうですね……。開業して四年ほど」

「当時は苦労した事などありますか?」

「ファミレスのほうにお客様が流れる事が多く、しばらくは赤字でした」

クスッと懐かしむような笑い。そのひとつだけでも白峰は彼を一つ知った気になる。
冬矢はコーヒーをいれ終えて、黒い液体が白峰の前に出される。

「オリジナルブレンドです。どうぞ」

「頂きます」

取材の手を止めて白峰はコーヒーを口にした
口の中に広がる苦み。鼻腔から脳へと届く香りに吐息をもらす。
黒い液体は彼の髪のように深い色をしている
白いミルクを流せば、コーヒーは茶色く濁ってしまう。それでも彼は黒と白が混じることなく共にある。黒くて白い彼。どうして、こんなにも彼は美しい。

「ブラックはお嫌いですか?」

「いえ、今はこのままで」

ブラックは苦くて嫌いだけど、今はこのままブラックで飲みたい。
彼の様に深い闇の液体。彼の黒い黒い闇を飲みたい。

「美味しいですね」

「ありがとうございます」

にこりとほほ笑む冬矢に白峰はまた顔を染めて直視できなくなる。
仕事でなければ、店の事よりもこの人の事をもっと聞けるのに。
でも、仕事でなければ質問すらできないのではないか。

もどかしく、また一口、コーヒーを運んだ。
口の中に苦みがまた広がる。


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