雪女の息子

「編集長」

「……」

缶コーヒー片手に原稿のチェックを行っていた時に声をかけられ、秀明は目線を活字から離した。声を聞いた時に覚悟したはずの、醜い腹のぜい肉が目につく。思わず顔がひくついた。

「室井、どうした?」

「最近の町のウワサを知っていますか?」

「またオカルト話か?」

こんな栄養の詰まったお腹をぶら下げる部下は一人しかおらず、目線を上げれば、予想していた脂ぎる顔が視界に映り込んで、脂でテカテカの眼鏡も見れば引いてしまう。
室井博人。オカルト系記事を主に書く典型的なオタク。秀明より年下なのだが、お腹のぜい肉と脂汗がそれを否定している様にも思えてくる。
オカルトとアニメをこよなく愛するこの男の扱いには、秀明も面倒に思う。
話を聞いてほしくたまに話しかけてくる時がある。ちゃんと聞かなければ怒るくせに、話は人を置き去りにして進める。
秀明は原稿を机の上において、話を聞くという姿勢だけは見せた。
こうして聞く姿勢をとってくれる人間は編集部では秀明しかいない事も、聞き役に秀明がよく選ばれる原因だろう。

「阿弥樫高校の学校の七不思議ですよ」

「……ほぉ」

阿弥樫高校の名前を出したのは、秀明の興味を少しだけでも惹きつけた。陽が通っている高校であればその話を聞く。そして、烏丸と洋子が通うのであれば彼らの正体が七不思議となっているのかもしれない。

夜になるとカラスの鳴き声が響く
振り返れば小さな生き物がこっちを見るとか

そんな話があれば確実にあの二人だろう。
烏天狗である烏丸はただでさえあだ名がカラス先生なのだから、ウワサになってもおかしくはない。
それは同じく管狐の洋子にも言えることだ。

秀明は今度は形だけでなく、本心から話を聞く姿勢をとった。
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