淡い記憶
 同じAクラスの時は、塾と陽一郎の家の中間にある青木の家まで一緒に帰った。
時折、青木の家の前で、立ち話しをしていると、
2つ違いの姉が帰宅し、「ただいま」と弟に言い、
青木はなにも言わないが、
陽一郎が、「こんばんは」とありきたりな挨拶をすると、
それに答えて「こんばんは」と綺麗な声で答え、
「ヨウ君ね?」と、クイズでも当てるように、陽一郎に微笑んだ。

 青木と同じように髪は天パで長身だが、
色白ではないが、地黒でもない。
ちょっと太めの母親もそんなに地黒でもない。
父親も青木によく似ていたが、地黒でもない。
青木ひとりだけ地黒なのは何故だろうかと不思議に思ったが、
いつも泳いでいて、日焼けしているうちは、そんな疑問もどこかに忘れさられてしまう。

時には、お母さんが笑顔でドアから出て来て、
「陽君!これ持って行って」と田舎から貰ったと、
みかんやら大根やらを、陽一郎の自転車の前に入れた。

 この家族は、青木本人と同じように陽一郎のことを「陽君」と親しく呼んだ。
自分の母には、「陽くん」と小さい時から呼ばれていたが、高校に入って、
そう呼ぶのは青木だけで、田中でさえ「小原」と呼んでいた。
この親しみのある呼び名は、青木が家庭のなかで、
陽一郎のことを「陽」と呼んで話しているからだろうと陽一郎は思ったが、
青木の家族に「陽君」と呼ばれるたび、なんとなく照れくさく感じるのであった。

 特に、実の父親でさえ「陽一郎」と呼んでいるのに、
自分の父親よりも年上で、逞しい青木の父親にそう呼ばれることが、
照れくさいというより申し訳ないような気さえしてくるのである。
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