パパはアイドル♪ ~奈桜クンの憂鬱~
梓は何も言わず、声を殺して泣いている。
奈桜は…
梓の横に寄り添うように黙ってしゃがみ込む。
肩を優しく抱きたい衝動は、辛うじて理性が抑えつけた。


「ごめんね…。ほんとにごめん。絶対、泣かないって決めてたのに。…顔見たら…。ごめん。気にしないで」


ようやく顔を上げた梓は涙を拭いながら笑った。
そしてその仕草が、自分を可愛らしく演出しているだろうと同時に思った。


「なんも気にしてないよ。…アリがさ、歩いてたから。しゃがんで見てただけ。見てると面白いんだよね。……あ、なんの話だっけ?」


グループで1番癒し系と言われる穏やかで優しい奈桜の笑みが、梓の女優の顔を剥がして行く。


「…奈桜」


梓はフッと笑うと、ゆっくり立ち上がり奈桜に向かって右手を差し出した。


「今日はありがとう」


奈桜も立ち上がり、おもむろに右手を出す。


「また会えるかな?」


「え?」


戸惑う奈桜の右手を掴んで強く引き寄せると軽く唇を重ねる。


「唇、頂き♪…じゃあね。また」


甘い香りと柔らかい、懐かしい感触を奈桜に残して梓は早足で帰って行く。


「ちょっと……なんだ?」


呆然と立ちすくみながら遠くなる梓の背中を見送った。
< 64 / 337 >

この作品をシェア

pagetop