あなたへ。
明と一緒にいる事以外で、あたしがやりたい事か…。
時間にしてほんの数分、考えてみたが全くと言っていい程思い付かなかった。

確かにイラストを描いたりするのは好きだが、それが高じてそれを仕事にしたいだとかは、全くと言っていい程考えた事がない。

高校を卒業する時の進路については、家庭の経済事情から就職を選択せざるを得なかったが、もし進学したとしてあたしはどんな学校に通っていただろう?

これと言って勉強したい事も、なりたい職業も何もなく、勉強も苦手で受験を乗り越えるだけの根性もないあたしの事だから、趣味の延長線でイラストレーション専門学校にでもなんとなく通っていた事だろう。
パパとママに無駄金を遣わせて、2年後の就職活動で全く同じ事態になっていたと思う。

今はとりあえず、早くまた明に会いたい、声が聞きたい、メールもたくさん欲しい、あたしを抱き締めて、キスだってして欲しい…。
もうそんな事しか考えられないのだ。

「今はまだないかな〜…」

そう言うと千晶はちょっと困った様に笑って、「まぁ、ゆっくり探すといいと思うよ」と言った。
時計を見ると、もう22時を過ぎていた。時間を忘れて語り合っていたあたし達は慌てて店を出た。
そして地下鉄A駅のすぐ傍にある駐輪場に千晶が自転車を停めてあると言うので、二人で一緒に行く事にした。

「もう遅いのに、ホントに自転車で帰るの?」

ここから千晶のマンションまで、車でも30分くらいはかかる。いくら千晶がボーイッシュだとは言え、夜道を自転車で帰るのは危ないんじゃないだろうか。

「んービアガーデンのバイトしてた時も、帰りはこんな時間だったからね。もう慣れっこだよ」

千晶は飄々とした口調でそう言うと、女の子が乗るには造りがゴツすぎるクロスバイクの鍵の施錠を外し、サドルに跨がった。

「家に着いたらメールしてよ、心配だから」

「うん。杏子はバスの時間、まだ結構あるんだっけ?」

「どうかな〜。時刻表見てみないと、わかんないかも」

「そっか。…あのさ、しつこいかもしんないけど、まどかが言ってた事、気にしちゃダメだよ」

改めて千晶が心配そうな顔をして言うので、あたしは思わず吹き出してしまった。

「もう、千晶心配し過ぎ」

「あ、ゴメンゴメン。じゃあ杏子、気を付けてね!」

「うん、千晶もね!バイバイ」

いつも通りの別れの挨拶を交わすと、颯爽とクロスバイクに乗った千晶は夜の闇に消えていった。

学校の授業の話をしていた千晶は本当に楽しそうだった。瞳がキラキラと輝き、目標に向かって走り出しているのがひしひしと伝わってきた。

千晶は美容師。
まどかは英語を活かして海外で活躍。
そして、明はバンド。

みんなそれぞれやりたい事や将来の夢がある。
あたしにも、これからそんなものが見つかるのかな?
見つけたい、それを夢中で追いかけたい−…。

けれど今は、その対象は明だった。

あたしは帰りに乗るバス停を軽く通り過ぎ、明のバイト先のコンビニへと駆け出していた。
さっき千晶が言っていた事などもう、頭に入っていなかった。
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