あなたへ。
「なんだ、懐かしいものを見てるな」

明が麦茶の入ったグラスを二つ持ってきてくれ、居間のテーブルに置いた。
そして、床に転がっていたワインの瓶やビール缶を拾い、手にしたゴミ袋の中に捨てていく。

「これ、明?」

「うん。それ、俺が幼稚園ぐらいかな。家族で旅行に行った時に撮ったんじゃねえかな」

明は完全にお父さん似なんだなと思った。写真の明のお父さんは、明と同じくすらっと背が高くハンサムで、明ももう少し歳を取ったらこんな感じになるのかなと思った。
それに比べて、お母さんは小柄でぽっちゃりしている。顔立ちもあまり美人とか可愛いとかそういうタイプではないが、カメラに向かって屈託の無い笑顔を見せており、明るく愛嬌がある人に思えた。
ちなみに明のお姉さんもお父さん似で、明よりも勝気でおしゃまな感じがした。

「明とお姉さんって、お父さん似なんだね」

「俺と姉貴は、こんな顔嫌で嫌でしょうがなかったけどな」

「え?なんで?」

あたしがそう聞くと、明が目を伏せた。

「毎日毎日おふくろに言われてたからかな。二人して、日を追うごとにどんどんあの男に似てきやがって、忌々しいって」

「そんな…だって、お父さんじゃない」

「まぁ、親父ともあんま会ってねぇし、別にいいんだけど」

「明のお父さんって、単身赴任だったっけ?」

そう言えば、明が自分の家族について話した事は、あまりなかった気がする。
お父さんは広告代理店の会社に勤めており、お母さんは近所のスーパーでパートしている、ぐらいしか聞いたことがなかった。

「んー俺の親父って言うのがさ、もう何年も浮気相手の家に入り浸っててさ、帰ってこねえんだよ。まぁ、たまに金だけ置きに帰ってきてるみたいだけど、俺スタジオとかでいねえしさ」

「え……」

「親父の浮気がわかった時、おふくろはすげぇキレて、家ん中修羅場になってさ。でも親父は相手と全然別れねぇみたいで、次第に家に帰ってこなくなっちまった。で、おふくろはすっかりやさぐれちまった。
俺と姉貴の顔がどうのってやっと言わなくなったと思ったら、この有様よ。すっかりキッチンドリンカーだ」

そう言って、ゴミ袋を持った腕を掲げた。これらのお酒は、明のお母さんが飲んだものだったんだ。
お父さんの浮気に苦しむお母さんの唯一の捌け口。そう思うと、なんだか悲しくなった。

「じゃあお姉さんは?」

「ん、高校卒業してすぐデキちゃった結婚したよ。相手はバイト先で知り合ったフリーターでさ、今は旦那の実家のあるA市に旦那の家族と同居してる。
たまに俺に電話よこしてくるけど、旦那がどうだ旦那の両親がどうだって、愚痴ばかりよ。甥っ子も、もう3歳くらいか?母娘揃って、ろくでもねぇ男に引っかかちまったな」

「明、叔父さんだったんだね」

「叔父さんどころか、腹違いの弟か妹もいるかもな」

明が自嘲気味に笑った。

「ガキの頃は、喧嘩する親父とおふくろが嫌でさ、いつも泣いてる俺の傍に姉貴がいてくれたっけな」

「そうだったの……」

それだけ言うとあたしの目から涙が溢れてきた。あたしは勝手に、大学に通いバンド活動している明の家庭環境は、さぞ裕福で恵まれたものだと勝手に思い込んでいたから。
明も明のお母さんもお姉さんも、今までずっと辛かっただろう。

「あ…おい。何泣いてんだよ」

「だって…明ずっと辛かったでしょ…?」

「そりゃあ、まぁな。俺達見捨てて、浮気相手のところに行っちまった親父なんていついなくなっても構わねぇとずっと思ってたさ。ごめんな。こんな暗い話して」

「ううん…。あたし、明の事あまり知らなかったから…」

「そっか。俺もあんま、自分の事話すのなんか苦手だしさ。今じゃ親父もおふくろも、まぁ大概だわなって思ってるけど」

「今度から…あたしに言える範囲でいいから、なんでも話して。何もかも、無理に話してとは言わないから…」

「うん。そうするよ。ちったぁ落ち着いたか?」

「うん」

「じゃあ、二階の俺の部屋行かねぇ?」

明のその言葉を聞いて、あたしの涙は引っ込んだ。
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