あなたへ。
「まぁなんつーか…雛妃…あいつも元はフェニックスが結成した頃からのファンだったんだ。
俺らの音楽が、特に俺の曲が好きだと言ってくれて。そんでライブにも毎回に来るようになってくれてさ」

「そっか…」

話を聞きながら、あたしは明が出してくれた麦茶の入ったコップを見つめる。
フェニックスの、特に明のファン。あたしと全く条件は一緒じゃないか。見た目も中身も全然違うけど。

「で、あいつの顔を覚えた海が、ライブの打ち上げに誘ったんだ。それがきっかけで…。まぁ、すぐに付き合って、それから少し経って一緒に住む様になって…」

「…で?」

「あいつは俺に、すげえギターの才能があると思い込んでたみたいなんだ。もちろんそう思ってくれるのは嬉しいし、有難い事なんだけど…。
次第に、アンタは絶対に音楽で成功出来るから、大学なんて辞めてさっさと上京しろ、自分も一緒に行くし、あっちでの生活費なんとかするからとか。
おまけにフェニックスで、隆人や慎二が就職とかで、いつか抜けるのも気に入らないみたいでさ。
あんなお遊びでやってるような連中とバンドなんかやるな、腕のいい、本当にプロを目指している奴を知ってるからそっちと組めだとかさ。
なんか…そんな事言うようになっちまってよ。確かに俺も、プロにはなりてぇし上京だってしてみたいけど、親の事もあるし学校辞める訳にはいかねぇし、卒業したらやっぱ働かなきゃダメだし。
それをしばらくずっと聞いてるうちに、ああこいつは俺そのものが好きなんじゃなくて、将来有望なギタリストの卵が好きなんだ、だからそうなるように俺を誘導したいんだと思って、どんどん気持ちが覚めていったんだ。
別れ話をしようものなら逆上するし、だからあいつの家に帰らなくなった」

そう言えば【ブルーキャッツ】でのライブ終了後、雛妃達に絡まれたあたしを明が助けてくれた時、雛妃に「俺は俺であって、それ以上でもそれ以下でもない。お前の期待には応えられない。お前の望む様な、お偉いギタリスト様には、決してなれないと思うし、なるつもりもない」って言ったのを思い出した。
あれは、彼女が明その人を見ないで、自分の理想だけを押し付けるから出た言葉だったんだ。
あたしがリナやアユミに脅されても、顔色一つ変えずに冷酷な表情を浮かべた雛妃が、そんな感情を剥き出しにするなんて想像出来なかったけど。

「それに、隆人や慎二のことを悪く言われたのもショックだったんだ。最初はフェニックスのファンだって言ってたのに。
俺はやっぱり、あいつらだからここまでやってこれたって言うのもあるのにさ」

「明は本当に、フェニックスが好きなんだね」

「まぁな。あそこまでウマが合う奴らもいねぇしな。バカだけど」

そう言って、明は笑った。
あ、これ、あたしが好きなやつだ。屈託のない少年がする笑顔。思わずあたしも頬が緩む。

「…これで、信じてもらえたか?」

「うん…。でも、あたしは…」

「なんだ?」

「あたしは本当にフェニックスが好き。でも…明が、プロのギタリストになっても、卒業して普通に就職しても、どっちでもいいと今は思ってる。
あたしは、明の事が好きなだけだから…。明は自分の思うようにやったらいいと思う。
あたしは、それについていきたい」

「杏子……」

明が、あたしを強く抱き締めた。明の体温、明の鼓動。それに酔いしれ、あたしも抱き締め返した。
すると、急に明の体に力が入り、あたしはベッドに押し倒される形になった。

え…。これって…。ど、どうしよう…。

困惑するあたしをよそに、明はあたしの首筋にキスを落とした。
それであたしは、明の真意を図りかねた。
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