エレファント ロマンス
ようやく本の中のファンタジー世界に没頭しかけたとき、後ろの自販機でガコン、とジュースが落下してくる音がした。


さっきまで象舎の中にいた飼育員が、ミネラルウォーターを片手に、隣りのベンチに座った。


まだ象の小屋の中を清掃しただけなのに、もう疲れ果てたみたいに背中を丸め、うつむいている。


「ねぇ、おじさん。もしかして、象が怖いの?」


いつもなら、絶対に自分から知らない人に声をかけたりしない。


なのに、今日にかぎって話しかけてしまった。


ここのところ、誰かと会話らしい会話をしていなかったせいだろうか。


私は誰でもいいから、人と話をしたかったのかも知れない。

< 11 / 95 >

この作品をシェア

pagetop