エレファント ロマンス
私はメガネをかけて、文庫本を開いた。


―――昨日はどこまで読んだっけ。


一生懸命、目で文字を追うのに、昨日読んだ場所さえ見つからない。


本の世界に入り込めない意識が、勝手にフラフラとさまよい、一週間前の記憶を辿りはじめた。



あれは先週の金曜日……。



ホームルームが始まる前に、同じクラスの杉浦明奈が私の席に来た。


明奈はこの高校に入学して初めて出来た友達だった。


「由衣(ゆい)、こういうの、要らない?」


目の前に黒い蝶々が差し出された。


よく見ると、ショッキングピンクの小さな封筒の上に、黒い蝶々が描かれている。


可愛いパッケージ。


「なに? これ」


ニッと笑う明奈の手から受け取って開けてみた。


「あっ……」


中に入っているものがコンドームだとわかり、思わず小さな声を上げてしまった。


前にもエイズ撲滅キャンペーンだと言って、駅前で配っていた。


うっかりもらってしまい、始末に困ったことがある。


「あたし、生理不順でさぁ。この前、婦人科に行ったら、受付に置いてあったから、いっぱいもらって来ちゃった」


明奈はあけっぴろげで社交的な性格。


ボーイフレンドも複数いる。


男の子とキスすらしたことのない私とは対照的だ。


「私……」


要らない、という前に、ガラッと教室の扉が開いた。


担任が入ってくる。


やば、と言いながら、明奈が席へ戻っていった。


―――ど、どうしよう……。


私は慌てて、蝶々のパッケージを教科書の下に隠した。







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