エレファント ロマンス
「前園」


先生に呼ばれ、おそるおそる視線を引き上げた。


鳴沢先生は恐ろしく深刻な顔をして私を見ていた。


こんなお嬢様学校にコンドームを持ち込むなんて、前代未聞の不祥事なのかも知れない。


先生は黙って私の顔を見ている。


思い詰めたような視線。


―――なんだろう、この空気……。


先生の視線を不思議に思いながら、私も先生の目を見ていた。


「今まで気づかなかったけど……」


そう言いながら、鳴沢先生が私の顔に手を伸ばしてきた。


え?


驚いている内に、その手が私の顔からメガネを取る。


「君、メガネをとると違う子みたいだ……」


鳴沢先生が呟くようにそう言った。


『違う子』という言い方が、わけもなく引っかかる。


先生は私を見つめたまま、向かいのイスを立った。


私の隣に座り、いきなり顔を近づけてくる。


「え?」


三十歳とは思えない瑞々しい顔が間近にあった。


「僕は君に興味がある」


囁くように告げられた。


「あ、あの……」


想像したこともなかった担任の言動に、私は硬直したようになっていた。


ゆっくりと目を閉じた先生の顔が近づいて来る。


「や……」


声がふるえ、やめてください、という言葉にならない。


唇が接する直前に、担任の胸を押し戻した。


「もしかして、ぜんぶ初めてなの?」


意外そう聞いてくる内容とは裏腹に爽やかな口許。


―――今日の先生、なんか、おかしい……。


いつもはストイックに見える担任の、この豹変ぶりが恐ろしかった。


私は自分の体が震えていることに気づいた。


「色々と教えがいがありそうだね」


クスッと笑った担任が、ゆっくりと私の髪を撫でた。


ゾクリ、と全身の皮膚が粟立つ。


「月曜日も、放課後ここへおいで」


先生はそう言って、黒い蝶々をポケットに入れ、談話室を出て行った。


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