獣~けだもの~
 この期に及んでぐらり、と揺れて。

 崩れそうになる弁慶の心に。

 弥太郎の声が響く。

「己……は……
 ……弁慶様を……守る……壁……です……
 だから……あなたは……いつでも……
 自由に……」

 弥太郎は、弁慶に。

 一人で生きよ、とも。

 共に死のう、とも。

 言わない。

 今まで、一度も己を愛せ、と言わなかったように。
 
 遮那王の背中を見て、走り続けた弁慶を守ることが。

 弥太郎の想いの形だったから。

 弁慶という、自由に生きる美しい獣に寄り添うことが。

 弥太郎の『愛』の形だったのだから……!

「……弥太郎」

 死しても、なお。

 まだ、守ってみせると。

 立ったまま息を引きとった、弥太郎の手に口づけて。

 弁慶は、五百の騎馬の前に、躍り出た。
 

「我こそは、源 九朗 義経が郎党。
 伊豆右衛門尉 堀弥太郎 武藏坊 弁慶なり。
 ここから先は、誰も。
 一歩も、通さぬ!!」

 
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