比丘尼の残夢【完】

※scene5『比丘尼を偲びて』

面倒な事を頼まれた。


言葉にしなくとも、医者は全身からそう言っていた。

ひしひしとそれを肌に感じながら、久しぶりの着物に袖を通して私は彼の車に乗った。

送りついでにご主人様が医者の事を宇治方と呼んでいるのを聞いて、彼の名前を初めて知った。

知ったところで私にとっては医者以外の何物でもないが、ご主人様にとっては医者と患者というよりは親しい関係らしい。


「あのぅ... 何処に、行くのでしょうか」

まるで私が居る事を忘れていたように前方を見据えていた視線をチラリとこちらに投げて、医者は呟いた。


「墓参り」

「どなたの?」

「聞いてないのか」

「へぇ」

「あいつの恋仲だった芸者」

まともに舗装もされていない道路が歪み、その瞬間私は頭を打った。

揺れを予想していたらしい医者は堪える表情をし、続けて言った。


「俺も良く一緒に遊んだよ。綺麗な女だった」
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