天使の足跡

翼は癒威の代わりに部屋の中を歩き回り、本棚や机の小物に触れて言った。


「『いつ癒威が帰ってきてもいいように』って母さん、毎日掃除してたよ。せっかくだし、ゆっくりしていけば?」

「嬉しい……けど、すぐ出てくよ。実は今、友達の所に泊めてもらってるんだ。姉さんの所に行こうと思ったけど、仕事が忙しいかと思って」


姉の太田澄美火は、洋菓子店に勤めている。

癒威より6歳、翼より2歳年上の姉。


「そうだったの? あんまり迷惑かけるなよ。……だけど……大丈夫なのか?」


翼は目を伏せた。

言葉で発するのを疎んでいるかの如く、ぼそぼそと言う。


「知らないんだろ、お前が『秘密』にしてること」


癒威は申し訳なさそうに頷いた。

もちろん、拓也に対して、だ。

うわべでは友達と言っておきながら、散々世話になっておきながら、そんな恩人とも言える彼に、『秘密』を隠しているのだ。


「でも、不思議と安心してる。一緒にいると、余計なこと気にしないでいられるんだ。歌もギターもすごく上手い子でさ──」


翼はふっと微笑んだ。


「変わったな。そんな風に言うの初めてじゃないか? ……まあ、お前にとって良い友達ならそれでいい、──そうだよな、俺が心配することじゃないし……」


短期間で自分の意見を主張できるようになった弟に対して何か不思議に感じ、うろたえ気味に、自分に言い聞かせた。


だがすぐに思い直して話を続ける。
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