天使の足跡
「なあ、進路はどうした? 進学するんだろ?」


翼は本棚を見た。

並べてあるのは、辞書や資料集、図鑑などだ。

その上でさえも、ホコリひとつ残っていない。


「……まだ、分からない。自分でも、将来何がしたいのか分からないし。でも」

「『でも兄さんと同じ道には進みたくない』だろ?」


先読みされて、口をへの字に曲げた。


どうしても医学の道だけは進みたくない弟の顔を見て笑う。

本棚の縁に背をもたれかけ、弟に向き直る。


「俺は父さんに関係なく、医者になりたい、って思った。
でも癒威が医者になるのが嫌なら、それでもいいかもしれない。姉さんだって自分の道を切り開いたわけだし」


そう言った兄に、間髪入れずに、


「それは姉さんが女だから──」


と反論する。

翼は弟を見下ろして、頭を二度、撫でるように軽く叩いた。


「父さん、癒威にいつも手を上げるけど、それは癒威を『男』として育てたいからだよ。癒威のことが嫌いな訳じゃない」

「そう思いたいけど、本当のことは分からないだろ」


翼はふっと笑った。


「俺は模試の結果が悪かった時、思いきり顔面ストレート食らったよ。だけど癒威が『医者にならないから家を出たんだ!』って白状した時は──覚えてるか?」

「ん……?」

「カンカンに怒って突き飛ばしたくせに、顔面は殴らなかった。それがどういうことか、分かるか?」


癒威はただ眉間を寄せた。


親に逆らう自分が憎くて、罵倒したのではないのか。

恥ずべき息子だからと、突き飛ばしたのではないのか。


「それはさ、癒威が将来のことを、自分で決められるように気を遣ってるからなんだよ」

「将来……?」

「そ。お前が将来、“どう生きるか”の選択肢を残してくれてる。だから、大事な顔には傷1つ付けてやりたくないんだ」

















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