沈黙の天使

絵美の目に映る光景はあまりにも非現実的で、彼女の頭の中は渦を巻いて混乱している。
床に突っ伏し、背中で息をする弘子が最後に大きく痙攣し、何度目かの血を吐いた。

その瞬間。

絵美の背中からは身の丈ほどもある真っ白な羽根がいくつもの羽を大きく揺らし、空に向かって広がった。

東の空に浮かぶ太陽は、広がり続ける赤い血液と真白に広がる羽根を分け隔てなく照らし続けている。


‡‡‡‡‡‡


十分、十五分、絵美の身体は身動き一つしなかった。目の前の出来事が現実であるということを体全体で拒絶している。
やけに大きく聞こえる時計の秒針が絵美の現実逃避を阻む。

「―――あれ……?」

声とも言えない小さな言葉が絵美の口から零れ落ちた。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」

改めて視界にとらえた母親の姿。先ほどまで悶えていた形跡もなくピクリとも動かない。

目の前で起こったことに対して襲い掛かってくる恐怖と不安。そして自分を見失いそうになる程の深い深い、

ーー闇。

絵美はその場から逃げたい一心でまずはベッドの上へ足を上げようとするが思うように動かない。
踵がパイプベッドの端に何度もぶつかる。

『カチャ…』
「嫌ァァァァァ!」

小さな物音が普段の何十倍もの恐怖となって絵美に襲い掛かる。

ゆっくりと開いたドアの向こうには、同じ時間耐えていたのか泣きはらした目で絵美を見つめる祖母がいた。

「お…っ…ばぁ…ちゃ……」

むせて喋るのもおぼつかない。絵美は母親を避けるように壁伝いに這いつくばって祖母の元へ向かいしがみついた。


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