沈黙の天使

隆彦の拳が父親を地面へ殴り倒す。

「絵美は俺の彼女だ!絵美の事を傷つけるのは許さねー!」

絵美の足がガクガクと震える。ショックと恐怖でひきつる体。

「天使が彼女だってよ。あいつ、頭おかしいんじゃね?」

通りすがりの男のつぶやきが聞こえる。

「て言うか、天使が外歩くの止めてほしいよね」

「空飛んで天国にでも行けばぁ?あ、飛べないんだっけ?あはは」

「近付いたら親、殺されるぞ」

罵る声がこだまする。何種類もの罵声に、馬鹿にする言葉。


「―――――…!!」


出ない声で叫んで絵美は気を失った。

「絵美っ!絵美っ!おいっ、大丈夫か?!」

慌てて近づこうとして来た隆彦の肩に手を置いて薫が小さく呟いた。

「今日は帰りなさい。絵美ちゃんは大丈夫だから…」

その場で立ちすくむ隆彦に薫が笑みを見せる。大丈夫と二、三度言って背中を押し、帰るように促した。

悔し涙を潤ませながら佇む隆彦に小さく手を振り、絵美を背負い、背を向ける。少し歩いた先でタクシーに乗り込み見えなくなった。
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