新しい歌
盲目で車椅子。
道行くカップルや若者達の一団が興味深げな眼差しを送って行く。
まだ、足を止めてみようという者は居ない。
Aメロの一小節を二度繰り返し、玲は歌い始めた。それは、ゴスペルだった。
たった数秒。
ほんの歌い出しなのに、玲の声を耳にした者達は、例外無くその場で立ち尽くしてしまった。
その中に、私自身も居た。
周りの風景や騒音が、玲の声で消し飛ばされ、ただ呆然としてしまった。
呆然という表現は、本当は正しくないのかも知れないが、もう、そういう言葉しか思い付かない位に、全身が玲の声で縛られてしまったのである。
何処までも伸びる高音。あどけない顔立ちからは想像が付かない程に深みのある低音。更に驚くべき点は、英語の発音であった。
目を閉じて聴いていると、完全にネイティブの発音に聴こえる。
そして、黒人独特のリズム感でアレンジされた礼拝音楽であるゴスペルを玲は見事に自分のものにしていた。
しかも模倣ではなく。
まるで自分のオリジナルであるかのように歌い、それが少しも不自然ではなかった。
一曲目が歌い終わる頃には、車椅子を囲むように人だかりが出来始めていた。