モノクロォムの硝子鳥
「これから向かう場所は、志堂院康造(しどういん こうぞう)様の御屋敷になります。志堂院グループとう名は、ご存知でしょうか?」
「……いえ」
素直に首を小さく振る。
幼さの残るその仕草に、九鬼は柔らかに双眸を細めた。
「志堂院グループは、日本有数の大企業です。ホテル業を中心に数々の事業を展開しております。志堂院康造氏はその三代目にあたる御方です」
テレビや雑誌で度々ニュースに取り上げられるのだと補足してくれたが、ひゆはメディアに対する関心もやはり低く、雑誌はもちろん、家にあるテレビすら殆ど触れずにいた為やはり分からなかった。
「康造様にはたったお一人の御子息がおられました。奥方様は御子息がお生まれになってから数年後に若くしてお亡くなりになり、康造様にとって御子息は本当に宝物のような存在でした。いつかは譲り渡す「志堂院グループ」を背負う者として、常に厳しいお言葉と教育を与えておられました」
どこか遠くを見るように前を見る九鬼の横顔を、ひゆは静かに見つめていた。
と、前を見ていた九鬼の視線が、ゆっくりとひゆに移される。
「父の厳しい教育と、グループを担う為の重なる業務の重圧。志堂院家の中で御子息の安らげる場所は何処にもありませんでした。そんなある日、御子息は突然行方を消してしまわれたのです。とある女性と一緒に」
「行方を、消した……?」
「――その御子息と女性こそが、蓮水様、貴女様のお父様とお母様なのです」
「……え…?」
思いがけない言葉に、ひゆの呼吸が止まる。
あまりの驚きに瞳を大きく見開き、信じられないと九鬼へ視線で訴える。
有り得ない。
そんな事は絶対に有り得ない事だ。
何かのドラマのような筋書きに、自分の名前が入る余地は何処にも無い。
―――だって、私は……。
九鬼の視線に耐えきれず、ひゆは顔を伏せてふるふると首を左右に振りながら何度も小さく「違う」と繰り返す。
自分で制御出来ない感情が渦巻き、強く制服のスカートを握り締めた。
「突然の話に戸惑われるのは無理も御座いません。ですが、私の申し上げている話は全て事実なのです」
「…ち、がうっ……。だって、…だって私は……」
「――児童施設で育ち、今の「母親」と名乗る女性に育てられているから、ですか?」
言葉が鋭利な刃物となってひゆの胸に深く突き刺さる。
ひゆにとって、一番触れられたくない禁忌の領域。
黒く澱んだものが傷付いた心から溢れ出して、じくじくとひゆを蝕んでいく。