モノクロォムの硝子鳥
バスルームのドアを開かれて、中へと足を踏み入れた。
部屋の広さに比例してこちらもかなりの広さがある。
美しい大理石の敷き詰められたバスルームには2人でも余裕で入れそうな大きさの可愛らしい猫足のバスタブ。
側には真鍮のお洒落なシャワーが掛かっている。
ステンドグラス調の窓ガラスは天気が良ければ月の光と相まって、キラキラと煌めくのだと九鬼に教えられた。
バスタブには既に湯が張られており、柔らかな湯気と共にふわりと甘い香りが鼻腔を擽った。
「薔薇のアロマオイルと、花びらと一緒にハーブを浮かべております。こちらにお泊り頂いたご婦人方には好評でしたので、蓮水様にも是非……と思いまして」
甘い香りは軋んで固まった心を癒してくれるようで、張り詰めていた緊張が少しだけ解れていく。
薔薇の香りをすぅ……、と吸い込んで僅かに顔を綻ばせたひゆの表情を、まるで眩しい物を見るように九鬼は双眸を細めた。
「それでは、後ほどこちらにタオルと着替えとをご用意させて頂きますので、蓮水様はごゆっくりどうぞ」
恭しく頭を垂れて辞する九鬼は、バスルームから立ち去ろうと背を向けた。
「あの……っ」
扉を閉めるほんの一瞬手前、ひゆの声が九鬼を引き留める。
「…有難う…ございます。 ――…九鬼、さん…」
振り返られず、背中越しに掛けた言葉。
微妙な恥ずかしさと照れが交じり、小さな声がちゃんと届いたかどうか不安になる。
今日初めて九鬼の名を紡いだひゆの言葉を、一言一句漏らさず受け止めた九鬼は、極上の笑顔でひゆの後ろ姿を見つめた後、「失礼致します」と言葉と共に扉を閉めた。