モノクロォムの硝子鳥
シュルリ、と解かれる衣擦れの音と僅かな開放感。
背中に神経が集中してしまって、無意識に身体に力が入ってしまう。
丁寧な手つきでリボンを結び直されると、今度は正面に立たれた。
頭の先からつま先まで、真っ直ぐに視線が注がれる。
不安と緊張がせめぎ合うひゆとは対照的に、嬉しそうに顔を綻ばせた九鬼は満足げに頷いて見せた。
「大変お似合いです、蓮水様。清楚な愛らしさが一層引き立っていらっしゃる」
「有難う……ございます。あの、このお洋服、後でクリーニングしてお返ししますから……」
「その必要は御座いません。そちらのお召し物は全て蓮水様の為にご用意されたものですので、ご心配には及びません」
平然と告げられた言葉にひゆは俯いていた顔を漸く上げて九鬼を見た。
「……っ、そんな、貰えません! こんな高そうな服!」
戸惑う様を穏やかに見詰めていた九鬼は、そっとひゆの手を取る。
「蓮水様が仰られるのは当然の事。ですが、ご用意させて頂いたの物は全て当家の一存でございます。蓮水様のお気に召さないようでしたら、こちらで処分させて頂きます。勿論、替わりにお望みの物をご用意させて頂きますので」
事もなげにさらりと言われ、ひゆの思考はついて行けずにフリーズしてしまう。
今着ている物を返すなら、それは処分して新たに自分の望む物を用意してくれるという。
気味が悪いほどの出来過ぎた待遇に、心の不安は一層煽られるばかりだ。
無理にでも着いて来るんじゃ無かったと、今更ながらに後悔が募る。
「何で、私にこんな……」
思わずぽつりと漏らした言葉に、九鬼の穏やかな表情がすっと引き締まる。
「――それは、先ほど私が車でお聞かせ致しました話の続きを申し上げても宜しいという事でしょうか?」
「……ッ…!」
静かな口調に、ビクリとひゆの肩が竦む。
―――聞きたくない、けれど……聞かなければ何も分からない……。
頭では分かっていても頷く勇気が無いひゆは、九鬼に手を取られたまま完全に固まってしまっていた。
同じ事の繰り返し。
それを自覚していながら、前に進めずにいる臆病な自分。