モノクロォムの硝子鳥
短い沈黙を置いて、「蓮水様」と九鬼が優しく声を掛けた。
「――タイを、お持ちでは有りませんか?」
「……タイ、ですか?」
突然話が変わって、ひゆの表情に困惑が浮かぶ。
趣旨が見えず戸惑いながら聞き返すと、彼はにっこり微笑んで頷いて見せた。
「はい。今、お召しになられているワンピースと同じ紺の生地で作られたリボンタイです。ワンピースと一緒にご用意させて頂いたのですが……」
「あっ」
小さく声を上げて、ひゆはポケットにしまっていたそれを取り出す。
ワンピースと共布で作られたリボンタイ。
何処に使うのか分からなくてポケットに仕舞っていた。
「ええ、そちらです」
手を差し伸べるてくる九鬼にリボンタイを渡す。
「こちらのタイは襟元に結んで頂く物です。私が結んでも宜しいでしょうか?」
「……あ、はい」
素直に返事をしてしまったが、リボンを結ぶくらいなら自分でも出来る。
やはり断ろうと九鬼を見れば、既にあと数センチという距離に彼の顔があった。
吐息が触れ合う程近くで彼の顔を直視してしまい、そのまま硬直してしまう。
軽く後ろへ流すように整えられた漆黒の髪。
少し長めの前髪はさらりと右目に掛かっている。
すっと高い鼻梁に形の良い薄い唇。
切れ長の瞳は深い黒曜石を思わせた。
見ているだけで吸い込まれてしまいそうな、底の見えない深い色の瞳――…。
――…こんなに綺麗な人が、居るんだ……。
射すくめられたように動けなくて、ひゆはじっと彼を見詰め返す。
何度も九鬼の笑顔を見ていたが、そこまでしっかりと認識してはいなかった。
他人と距離を置いて、相手を大まかにしか見て捉えないひゆの悪い癖だ。