モノクロォムの硝子鳥
「――良い香りが致しますね。薔薇のアロマとは別に、熟した果実のような甘い香りが……」
香水か何かを着けているのかと聞かれて、そういった類の物は一切持っていないひゆは小さく首を振った。
囁かれる甘い声音に羞恥で顔が赤らむのが分かる。
恥ずかしくて逃げ出したいくらいなのに、九鬼の真っ直ぐな瞳がひゆの身体を束縛してしまう。
逸らす事も許されず、瞳は熱を含んで潤み始める。
「息を詰めてしまっては苦しいでしょう? それとも、襟元が少しきついでしょうか?」
ほっそりとしたひゆの白い首筋に、手袋を嵌めた九鬼の指先がそっと触れた。
スタンドカラーの縁をなぞるように肌を優しく擽られる。
ゾクリ……と妖しい痺れが背筋を伝い、恥ずかしさに肌が熱を持つ。
「蓮水様?」
「……苦しく、ない、です……」
上擦りそうになる声を押さえて、やっとの思いで告げる。
彼は一つ頷いて見せると、首筋をなぞっていた指を顎へ移動させた。
「タイを結びますのでもう少し顎を上げて頂けますでしょうか?」
催眠術にでも掛かってしまったんだろうか。
自分でも自由にならない身体が、九鬼に操られるようにほんの少し顎が上向く。
「……ああ。ずっと見られていては恥ずかしいですね。目を閉じて頂いて結構ですよ」
九鬼を見ているのに緊張し過ぎていたひゆは、ほっとして素直に眼を閉じた。
それがキスをねだるような仕草に映っているなど、ひゆは気付いていない。
しゅるり……と襟元にかかるリボンタイの音がやけに大きく耳に響く。
早鐘を打つ心臓が煩くて、早く終わって欲しいとそればかり考えてしまう。
キュっと、タイを結び終える音が聞こえると、やっと解放される安堵に身体の力が抜けていく。
もう目を開けても良いだろうか……そう思って、そろりと瞳を開きかけた時。
柔らかなモノが唇に触れた。
そっとかすめる程度の、仄かな感触。