モノクロォムの硝子鳥
「蓮水様にお約束頂けるまで、何度でも申し上げます」
混乱して怯えるひゆを優しく宥める口調で、強張りを解くように九鬼は頬を撫でた。
「些細な事でも良いのです。主(あるじ)である蓮水様から、素直に望みを示して頂くのが私の願いなのですから」
長い睫毛を涙で濡らし、不安に表情を曇らせるひゆの顔をそっと掬い上げて、九鬼は柔らかに微笑む。
綺麗過ぎるその笑顔に胸の鼓動が跳ねてしまう。
ざわめく胸が苦しさに締め付けられるのは、恥かしいからなのかそれとも別のものなのか。
視線を絡み合わせたまま繰り返される呪文のような囁き。
いつしか逃げだしたいと思う気持ちすらも、何処か遠くへ追いやられてしまっていた。
九鬼に触れられるたび、見えない何かに心ごと絡め取られていく感覚。
それは不快では無く、むしろ心地良さえ感じている自分にひゆは戸惑う。
「……お約束して下さいますね?」
問い掛けられ、少しの間を開けてひゆは小さく頷いて見せた。
頑なに拒んでしまったら、今度は何をされるのだろうという不安があったからだ。
全て、彼の望むままを赦した訳じゃない。
だから、言葉ではなく態度でのみ示した。
素っ気なく見えるひゆの答えに、けれど九鬼は溶けそうなほど優しい笑みで、「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。
一先ずは、九鬼を納得させられただろうか。
緊張から少し気が緩んだひゆだったが、
「……あっ」
彼の大きな掌が、両手でひゆの小さな顔を包み込む。
そうして。
誓いの儀式を思わせる恭しさで、九鬼はひゆの唇を優しく啄んだ。
(――どう、して……?)
咄嗟に反応が出来ず、ひゆは大きく目を瞬かせる。
甘く、心地良い痺れに、思わず声を上げてしまいそうだった。
どうしてこんな風に触れてくるのか、全く理解出来なかった。
世間知らずなひゆでもキスをするのは特別な行為だと、それくらいは知っている。
ひゆにとって、九鬼に触れられたのが生まれて初めてのキスなのだ。
数時間前に逢ったばかりの相手に口付けられて、嫌悪や不快感を感じていない自分。
嫌だと突き飛ばしてもおかしくない状況で、それをしない自分自身にも困惑していた。
九鬼が何を思ってひゆにキスをしたのか。
聞いてみたい気持ちと、聞かずに目を逸らしたい気持ちとが綯い交ぜになって胸を乱す。
でも……これ以上深く考えてしまうのが、怖い。
だから、ひゆは無理矢理気持ちに蓋をした。
彼に偽る為に隠すのではなく、心を見せたく無いのだと、ひっそり胸の内で言い聞かせて。