カウントダウン
 セントアミンホテルは、古式ゆかしいホテルだ。エレヴェーターが狭い上に、振子時計の様に針でエレヴェーターが何階を通過しているかを、示す仕組になっている。
 浩とアリイシャは他人の目線を意に介せず、浩の部屋六〇二号室へと向かった。部屋は狭い。浩は入室するなり、
「オールナイト」
 と宣言した。アリイシャは浩の気負いに破顔している。
「OK」
 浩は白人の女と寝たことが無い。行き成りキスを交わしアリイシャの豊満な胸を衣服の上から触った。
 浩とアリイシャはディープキス後、前後してシャワーを浴び、激しく互いを求め合った。二度目の性交を終えた浩は、
「白人も黄色人も同じ人間なのだ」
 と実感していた。人種的偏見、白人に対する劣等感等という感情が、百パーセント失せたと浩は感知できたのだった。

 浩は桜に勤務し始めた。オーナーの佐川武夫は浩の小、中学の同窓であり、仕事も遊びもこなすチョンガーである。桜はベーカーストリートに面している。近辺にはマダムタッソウズプラネタリウムや、シャーロックホームズミュージアムが在る。これらの名所は日本人観光客に人気が有り、見物の帰路桜に寄ってくれる人も多い。マダムタッソウズプラネタリウムの真向かいには、大学が建っている。そこの学生達も時折桜で、寿司や天麩羅を食してくれる。桜は低価格で美味しかったので、経営は順調であった。従業員は五名。板前が二人。ウエイトレスが一名。ウエイター兼皿洗い兼会計係の浩は、多忙を極めたのである。
 あの日以来浩とアリイシャは余り会えない。アリイシャは看護学生で、アルバイトで自活しているらしかった。電話番号と住所は教えてくれたが、浩の勤務時間は午前十時半から、午後九時半位迄なので、終業後はデートする気力も残っていなかった。店休日は水曜のみである。アリイシャは土日が休みだが、土曜もバイトがある為、実質的には日曜のみが休日だった。二人が一日中過せる日は無いのである。
 アリイシャは水曜日の授業を終えると、アルバイトに出勤するまでの数時間を、浩の安アパートで過す。浩の英語は拙い。アリイシャは浩所持の和英・英和コンパクト辞典から単語を拾いながら、会話を交わした。スウェーデン、イギリス、そして日本の話題で二人は盛り上がった。
  
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