カウントダウン
 こうした光景に浩は、ふとちっぽけな自分の姿を思い浮べた。光沢を放出する凱旋門に吸引され、浩は凱旋門を目指し一歩を踏出していく。
(いいじゃないか誰と寝たって。若い女性に貞操観念を求める方が、おかしいのだ。彼女は十九だ。やり直せる。俺も三十六。人生は長いのだ)
 挫折したヒーロー、ナポレオンが建造した凱旋門のみを目印に、黒コートに両手を突込み直進していく。
(俺はアリイシャが好きなんだ。彼女の体だけが好きなのではない。彼女の身体がどんな男に抱かれようと、そんな事はさしたる問題じゃない。俺は新しい人生のパートナーが欲しい。心のパートナーが。彼女とならば、どんな事になってもいい)
 浩は午前零時前頃、凱旋門に到着した。
 浩の双眸に、初対面時と同様の黒尽くめのアリイシャが留まった。人込みの彼方にアリイシャが居る。凱旋門を背にして。
 浩は足早にアリイシャに近付いた。周囲では爆竹の轟音が響き、ロケット花火が飛んで行く。
 二人は凱旋門から道路を隔てた街路に、佇立していた。邂逅時の身形で。双方無言である。
「ワーッ」
 という雄叫びが辺りを包んでいく。時計の針はゼロを指さんとしていた。群衆はキスを交わし始めている。
 浩とアリイシャは互いに笑みを、交歓した。アリイシャの方が背が高い。浩はハプニングに吸い寄せられ、アリイシャと接吻(せっぷん)した。アリイシャは背を屈めて、浩の唇を受止めている。
 両人はやっと離れた。と共に年が明けた。周囲はフリーキスの嵐だ。
 ラテン系のブラックヘアーの男が、アリイシャにキスをしようと近寄ってくる。浩はそいつの前に立ちはだかった。アリイシャの右手を左手で掴み、
「脱出しよう」
 と言い放った。

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