ウォーターマン
再会
 友安恵子は、黙々と家事をしている。今晩の夕食は焼き肉だ。恵子の得意料理である。野菜をトントントントンと調子よく切っていた恵子は、重苦しい呼声(こせい)を耳にした。
「恵子」
 恵子は咄嗟(とっさ)に振り返った。そこには何もない。
(?)
 恵子は再び包丁を動かした。
「恵子、俺だ。工作だよ」
 恵子は驚愕(きょうがく)と戸惑いの中に、包裹(ほうえい)されている。再度後方を、目を凝らして見回したが、やっぱり人影はない。だが今度の声音(せいおん)は鮮明(せんめい)であり、恵子はそこに、人の温(ぬく)もりを感知(かんち)している。
「工作さん?」
「そうだ」
「どこなの?」
「目の前にいる」
「見えない」
「俺は姿を失くしたんだ」
「えっ 」
「別に死んだ訳じゃない。お茶を入れてくれんか」
「はい」
 恵子は二年のブランクを瞬時(しゅんじ)に忘却(ぼうきゃく)した。お茶好きの高山のために、急須(きゅうす)にお茶の葉を注(そそ)いだのである。
「ああ、美味しい」
 恵子の目前の湯(ゆ)呑(の)みが一人手に作動している。恵子は眼前の出来事が、未だ信じられない。夢であろうか。
「工作さん。何故姿が無いの?失踪(しっそう)したのはどうして?」
 恵子は夢寐(むび)の中ならば、と肚(はら)を据え、大胆に高山らしきものに問訊(もんじん)した。
「俺は今公安大臣直属の仕事をしている。この二年間、全身全霊を傾けて、その使命に没頭しているんだ」
「体は、どうしたの?」
「体はない」
「じゃあどこから声を出しているの?」
「否、ない訳じゃない。見えないだけだ」
「何故?」

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