揺らぐ幻影

舞い上がっていた結衣は、不意にきつい視線に気付いた。

喩えるなら拍手ではなくブーイングの空き缶や丸めた広告をステージに投げ付けるソレ。

――F組の可愛い子ちゃんたちからの冷たい視線。


ソレに言葉があるなら、『うちらの市井に手ぇ出すんじゃねーよ』や、

『うちらの市井とんじゃねーよ』といった類いだろう。

あくまで視線のみ、彼女たちはいかなる時もオシャレな服コらしくあるため、

結衣をいびったりイジメたりする意地悪女に豹変したりはしない。

むしろキツイ視線とは裏腹に、唇には可愛らしい笑顔だ。


――それが日常な女子的世界観。
微笑みの裏が怖いだけだ。


  違うのに……

  私は近藤くん派だし! 誤解なのに

  市井なんかなんともないよ

  なんかって失礼か、でも違うし!


なんて、本当は結衣の一人芝居かもしれない。

なぜなら、データは謎だが、他者に敏感になり過ぎているだけの場合が七割だからだ。

現に服コのツートップ・三千子と静香は、「結衣ちゃんウケる」と、心にゆとりを持って笑っている。


結衣はゆっくりと足元を見た。
赤いテープがめくれている。

この時期の年齢は自意識過剰ではなくて、自分に自信がないから周りの視線が極端に気になるものだ。

鏡を見る行為も自分に見惚れるナルシストではなくて、

前歯にノリが付いていたらどうしようとか、鼻水が垂れてたらどうしようとか、

つまり自分に核がなくて不安だから、鏡が手放せない心理に似ている。


要するに、服コの彼女たちが冷めた目をしているのは気のせいだ。

恋愛見習いが陥りやすい被害妄想なだけだ。


  マイナス思考はダメ

里緒菜と愛美の方を見れば、いつもの調子で笑ってくれていたので、

親友絶対論に忠実な結衣は、背筋を伸ばし、唇を引き締めた。


ほの暗い雨の日でも、自分の気の持ちようで、灰色の空は甘くて美味しいごまアイスとなる。

ポジティブに転換させれば、この恋はうまくいくはずだ――と、適当に綺麗にまとめておこう。


…‥


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