一なる騎士
「だめっ」

 細い悲鳴のような叫びに、サーナは目覚めた。
 隣のベッドの上には、セラスヴァティー姫が上半身を起こして座っていた。

「姫様?」

 あわててサーナはふとんを跳ね上げると、幼い姫の側に駆け寄った。

「どうしました?」

「わからない、でもなんだかどきどきする」

 姫の胸を押さえるしぐさに、心臓が跳ね上がったのはサーナのほうだった。

「具合が悪いんですね」

 あわてて手首をとって脈を取ろうとするが、当の姫に阻まれる。

「違う。そうじゃない」

 夜の闇の中でも鮮やかな緑の眼差しが,不安げに伏せられた。
 小さな指がサーナの寝衣の袖を握りしめる。
 思わず抱きしめた小さな身体は、小刻みに震えていた。

「わたしじゃない、リュイス。リュイスに何か悪いことが起きてる。そんな気がする」

 リュイスの名を聞いたとたんサーナの心臓は再び跳ね上がる。

 あの晩。

 暗殺者の急襲を予告したのは、確かにこの姫だった。

 幼くとも尋常ならざる力を持つ姫であることは、ずっと世話をしていたサーナ自身が身を持って知っていた。しかも、リュイスと姫の間には彼女にも立ち入れぬほどに強い絆がある。

 だが、ここは、『封の館』。精霊の力の届かぬ場所。
 いくら類稀な姫君とはいえ、精霊の力を借りずして遠く離れたかの騎士の動向がわかるはずはない。ないはずなのだが。

 それでも、姫の言葉に呼び起こされた不安は去らない。

「夢ですよ、姫様。悪い夢をご覧になったんです」

 サーナは幼い姫が再び眠りにつくまで、何度も同じ言葉を繰り返した。
 自分に言い聞かせるように。


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