一なる騎士
 行く手に巨大な木が立ちふさがっていた。

 枝葉が、空をも覆い尽くす巨木。

 かしましいまでの風の音と、強烈な匂いの源。

 ふいに強い気配が生まれた。

 闇の中、ひときわ強く白い輝きがあらわれる。

「あなたですね、呼んでいたのは」

 光に包まれたほっそりとした人物の姿かたちを見極めることは出来ない。
 けれど、かすかに笑う気配があった。
 声にならぬ声が言う。

(「否、私を望んだのはそなただ、いとし子よ」)

「私が、……そう、そうですね」

 望んだのは、欲したのはリュイス。
 もう二度と間違いを犯さないための力。
 正しい選択を行うに、誰にも邪魔させないための力。

 公爵にも、義兄にも、あのアスタートにも。
 そして、己自身にも負けないための力。
 ずっとそんな力を欲していた。

 どんな代償を払おうとも。
 己が手を血にまみれさせようとも。
 真の主を守らねばならぬのだから。

(「我が力を望むのならば、我が名を呼ぶがよい」)

 光の中から、腕が差し伸べられる。

 白く、細くなよやかな、けれど力強い手が。

 リュイスは囁く、望んだ女神の名を。

 けっして迷うことなく。




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