一なる騎士
「世界を変えようとしているとでも?」

 クレイドルは慎重に口にした。彼とて女神に対する畏れの感情はぬぐいきれない。
 しかし、エイクはにやりと不遜に笑ってのたまわった。

「そりゃ、おっきくなるのが楽しみだ」

 クレイドルは今度こそ思い切りため息をついてしまった。いつのまにか彼を信頼しかけている自分を呪う。

 優秀な頭脳を持つ彼にはまどろこしい説明も必要とせず、探り合いめいたやり取りは油断できないだけにむしろ面白いものがある。挙句ずっと気にかけていたが、誰にも、リュイスにすら言えなかったセラスヴァティー姫のことまで口にしてしまっていた。

 だが、エイクはいくら憎めないとはいえ、素行と言動に問題がありすぎる。どこまでが本気なのかどうかすらわからないのがさらに紛らわしい。全幅の信頼に値する人物とはとてもいかないのだ。

「エイク殿、頼むますから、それだけはリュイスには言わないで下さいね」

 とりあえず釘だけは差しておくことにする。

「はいはい、ほんとにもうこの精霊使いの長様は、我が義弟殿には過保護なんだから」

「違いますよ。今の彼にそんなことを言おうものなら問答無用で斬り捨てられかねないと言っているんです」

「物騒だなあ。あ、でも、心配してくれてるんだ?」

「それも違いますよ。リュイスに義兄殺しをして欲しくないだけです」

「ちぇっ、やっぱり心配しているのはリュイス君の方か。僕のことなんてどうでもいいのね。長い付き合いなのに」

 すねて見せるエイクに、三十男の膨れ面など不気味なだけだと指摘してやる気はクレイドルには更々なかった。そんなことをすればさらに泥沼にはまるだけなことくらい既に学習済みだった。至極あっさりと無視する。

「ほら、そろそろ始まりますよ」

 決闘の長々しい前振りの儀式が終わり、ついに大地の命運をかけた死闘が始まった。


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