ボーダー

遠回り

〈柏木 康一郎side〉

……俺は今、電車内にいる。
明日香に昼飯を奢って、エージェントルームに戻った。
明日香が駅で男に絡まれている映像が送られてきた。
その状況をなんとかしようと、駅にいる知り合いに連絡しようとした最中、映像に写り込んだのは、俺が会いたいと願う女だった。

男に啖呵を切り、躊躇することなく合気道の一教抑え込みで相手をねじ伏せた。

映像越しではなくて、リアルに会いたい。

明日香の一件のお礼を、俺からも言いたい。
そう思った俺は、「映像に映った女の素性を調べろ」とだけ言い残してすぐさまエージェントルームを出た。

そして来た電車に飛び乗って、今に至る。

……志穂との、思い出の場所である鎌倉の海に向かうために。
志穂に会ったら、何て言おう?
それだけをただひたすら考えていた。

たまたまなのだが、知り合いの運転士が駆け込んできた。
一緒に試験を受けたときからの親友、時任 駿《ときとう しゅん》だ。
今日の運転士、お前だったのか……

「どうした?
何かあったか?」

「柏木さん!
たまたまとはいえあなたが乗ってくれてて助かりました!
実は……電車内で乗客が揉めていて……
全く、揉め事、今日2件目ですよ。」

両方とも俺の知り合いが絡んでいる、とはさすがに言えなかった。

どうやらその乗客は、優先席付近で携帯電話で通話した人に対して
「マナー違反」
だと注意して、逆ギレされ、痴漢をされているらしい。

随分なことをしてくれたもんだな。

俺の知っている中で、堂々とマナー違反を注意できるようなヤツは、1人しかいねぇよ。

よりにもよって正義感の強いソイツは、俺の義理の妹が悪いやつに絡まれたときも助けたらしい。
にしても、教師目指すときに合気道まで習ってたなんて、知らなかった。
合気道を習っていたとしても、一応は女だ。

男は腕力に物を言わせるという手段がある。
性犯罪をして抵抗する気力を失わせることも平気でやってのける。
そうまでされたら、非力な女性が抗うのは無理だ。

……志穂!
待ってろよ?

すぐ……助けに行くから。


『ただいま、車内点検を行っております。今しばらくお待ち下さいませ。お急ぎのところ、大変申し訳ございません。』

お決まりの車内アナウンスを入れる。

事件が起きている6号車両へ向かう駅員の帽子を引っ掴んで被ってみた。
駅員だと思うと、この帽子を見た乗客が通してくれるから向かいやすい。

……2人の男に胸ぐらを掴まれている志穂を発見した。

胸元が広く空いた服なんか着てるから、ブラウスの中の下着、モロ見えじゃん。
しかも、もう1人の男が、志穂のひざ丈スカートの中を携帯のカメラで撮影していた。
いや、携帯のカメラはダミーだ。
あからさまな証拠を残すのを痴漢は嫌う。
カメラの本体は、左右非対称で、片方だけ不自然に尖っているスニーカー。そこか。
……許さねぇ。

「あの……すみません……」

近くにいた一眼レフカメラを首から下げた青年が、俺に小声で話し掛けてきた。

「さっきの、痴漢行為の写真、偶然、カメラに収めたんですけど、
何かに使えるでしょうか?」

2人の男とカメラを見比べて、ある策を思い付く。

「ありがとう。
……ちょっとそのカメラ、貸してもらっていいかな?
あと、カメラに繋ぐUSBケーブルも、もし持っていたら、一緒に貸してほしい。」

俺はその青年からカメラとケーブルを受け取ると、志穂をかばうようにして2人の男に近づいた。

「……おい!
何やってんだよ!
……俺の女なんだけど?
何か用かよ。」
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