ボーダー
少し広い、ソファーが置かれた部屋で待たされる。
ソワソワしていると、お待たせしました、と声がかかった。

『南 明日香様ですね?
「株式会社 グラッドコンフォートでコンサルタントをしております柊 志穂です。
よろしくお願いします。」

「株式会社ルミナスの南 明日香です。
……こちらこそ、よろしくお願いします。」

お互いの自己紹介をしてから、商談スペースに移動する。
社員が持つパソコンは横にあるモニターと繋げられるようだ。

さっそく、モニターと繋げて、パワーポイントで作った資料を見せながら、自分の考えを伝える。

「志穂さん。
少し、考えました。このまま打ち合わせ通り、ショッピングモールに大体的に店を構えていいのか。
今のご時世、ショッピングモールや百貨店にお店を出すのは向かないと思っています。
得るのは莫大な損失だけ。コストもバカになりません。

実際、家具屋や作業服専門店までアパレル業界に参入し、しのぎを削っていて、テナント料だけでもかなり元手がかかります。

それを回収できるだけの戦略があるのなら、このままお話を進めましょう。
それが今の時点でないのなら、実店舗への出店は諦めたほうが賢明かもしれません。

そこで、お店じゃなく、インターネット上にショップを出しませんか?

そうすれば、商品も最低限のロットで済むので低コストです。
売れる確証もないのに、売れると信じて商品を並べ続け、売れずに在庫を抱えては大損です。
セールで投げ売りして売れれば良いですが、売れないと悲惨です。
服の廃棄ほど、もったいないことはありませんから。」

「南さん。
あなたの噂は聞いていたわ。
学生時代からアルバイトをしていて、あっという間に店長。
周囲からの批判ややっかみも、たくさん浴びたはず。

時代の先を読む力、考えたことを行動にすぐに移せる実行力、意志の強さ。
必要なものが貴女に備わっているからこそ、厳しいファッションの世界で生き残れたのね。

次回は来週でどうかしら?
どんな感じにオンラインで打ち出していくか、私も貴女も、お互いに案を考えましょう。」

「はい。ではそのように。
来週お会いできるのを、とても楽しみにしています。」

打ち合わせを終え、エレベーターホールまで見送ってくれる間に、話を振る。
仕事ではない。
プライベートな話だ。

「あ、あの、いきなりですけど、柏木 康一郎って人……ご存じですか?」

「……康一郎のこと……知ってるんですね。

私、彼の精一杯の優しさを踏みにじるような、ヒドいことを言ってしまったんです。
彼は私を心配して言ってくれたのに。
会いたいけど勇気がなくて。

でも、どこかで会えたらと思って、週に3回、彼とよく話した思い出の海に行ってるんです。」

「本当にそれだけですか?
勇気がないのに、会えたらいいなって思って思い出の場所に通うって、話の筋が通っていない気がして。
会えたら、何を伝えるつもりなんですか?

義理の兄、正確には、数ヶ月後には義理の兄になりますが、と同じです。
逃げてますね。
傍から聞いた人なら矛盾してるとわかる言い訳をして、自分から現実と向き合うことをせずに逃げて。

プライベートがそれならまだいい。
仕事までその姿勢でするおつもりですか?」

そこで言葉を切って、息をつく。

「志穂さん。
さっき、私を絡まれた人から助けてくれたときはすごくカッコよかったのに。
合気道、でしたっけ?
私は疎いから無知なんで、変なことを言ったらすみません。

そういう武術を人にかけるの、緊張もするし反撃されたら怖いのかな、相当の勇気がいるんだろうな、って思っちゃうんです。

その勇気を、私の義理の兄に対して、ほんの少しでいいから出してくれれば。
それで、いろいろうまくいく気がしているんです。

自信、持ってください。
志穂さんなら、きっと正直に気持ちを伝えられますよ。
頑張ってください!」

「って、あ、すみません、長話を。

それでは、失礼いたします。」

「さっきのアレは、見ていられないと思ったら体が勝手に。
なんだか元気が出ました。

……ありがとう!
南さん。また、何かあったら連絡しますね!」

エレベーターの扉は閉まって、彼女の姿は見えなくなった。

"柊 志穂"

って聞いて、さっきのレストランで話に上がった、お兄ちゃんの好きな人だなって……すぐに分かった。

余計なお世話だったかな?

でも、助け舟は出した。
あとは、志穂さんと、お兄ちゃんの頑張り次第だよ。

頑張って!
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