ボーダー
急いで駐輪場に停めてある折り畳み式自転車を走らせた。
その道中、重大なことに気付いた。

……パスポートやアメリカのドル紙幣の束やらが入ったカバンを留学生用寮にある空き部屋の中に、置きっぱなしにしてしまったのだ。

帰国子女枠で入学し、成績優秀なため特待生。
なおかつ、いつ気が変わってアメリカの大学で学び直すことになってもいいように、便宜を図ってもらっている。
留学生扱いをしてくれて、寮も割り当ててくれたのだ。

学校に感謝しなきゃな。

おっと、今はそれどころではない。

ハナやミツに連絡をして、取りに行ってもらうかと考えたが、彼らはもうすぐ授業中だ。

しかも、学生寮はこの学校の最寄り駅の2つ先にある。

……あのカバンがないと何もできない。
オレは、メイに、大事な女に会いに行くことすら出来ない。

しばらく自転車のハンドルを握ることすらままならなかった。

ブローチが光る。
テレパシー機能だ。

『なにか困ってるのね、レン。
そこで待ってれば、誰かは来てくれるよ。
だって、エージェントルームの伊達さんに、事情を話したから。
誰かさんが想い人のピンチを救いたいけど、荷物を寮に忘れるチョンボをして困ってる。
伊達さん自身は育休だろうから、誰かに連絡して迎えに行ってくれるよう頼んでくれ、って。

心配だから、着いたら一報くらいはちょうだいね!』

チョンボは余計だよ……

「ハナ、ありがとうな。」

『レンは、大事な女のことになると見境なくなるからな。
ハナが同じ目に遭ったときのオレの心情を、図らずも思い知ることになる。
覚悟しろよ?
精神的に相当辛いぞ。

あ、その好きな子に欲情して抜くときのためにありったけの下着引っ掴んで行けよ。
あと、もしものときのためのゴ厶も何なら箱ごとな。

気をつけて、何かあったら連絡しろよ。』


下着のことに触れてくれたのはありがたい。
10歩譲ってそこはいいとして、その後のくだりは余計だよ!

なにはともあれ、心配してくれている仲間がいることはありがたい。
テレパシー機能付きのブローチ。

これを作ってくれた伊達さんには、何度お礼をしても足りないくらいだ。

しばらく自転車を走らせていると、隣に停まった車の窓が開いた。
顔を出したのはエージェントルームの室長、柏木さんだ。

「蓮太郎!
日が暮れちまうぞ、乗れ!」

「ほら、グズグズしないで乗った乗った!」

自転車を止めて降りた俺を、ぐいと引っ張るのは志穂さんだ。
華奢な身体のどこにこんな力があるのか。

籍は入れたから、柏木さんの奥さんの女性。
確か挙式の日まであと1ヶ月。
バタバタのはずだ。

「いやね、ハナとミツからヘルプを貰ったんだが、弟も、義理の妹も育休中でな。
俺が行くことにした。」

「明日香さんの実の父親、南さんのコネがあって。
飛行機押さえてもらってます、急がないと!」

器用に折りたたみ自転車を畳みながら言う志穂さん。
畳んだそれは後部座席に置いてくれた。

「飛ばすぞ、シートベルトして掴まれ!」

息ぴったりな挙式間近のカップルによって、あっという間に車は寮の前に。

目ざとく志穂さんがパスポートや両替済みのドル紙幣があるケースを見つけて手に持つ。

その他の荷物は柏木さんに詰め込むのを手伝ってもらった。
ありったけの下着と、箱ごと放り込んだゴムについては、見て見ぬ振りをしてくれてありがたい。

スーツケースをトランクに慣れた様子で入れる柏木さん。
志穂さんが適当に引っ掴んだショルダーバッグを手渡してくれた。
俺が放り投げた鞄から必要そうなものをその中に詰め替えてくれたらしい。
もちろん、パスポートやらが入ったケースも。

気が利くなぁ。

柏木さんが惚れた理由、わかる気がする。
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