ボーダー
〈メイside〉

……あの日、2ヶ月前のこと。

アメリカになんか帰りたくなかった。
あっちで法定に立つはずだった、検事の都合が急につかなくなったからって代理で呼ばれた。だから、日本に来た。

父も……検事だった。

……父は常に、
「被告人を全て有罪にする」
がモットーで、証言の操作から証拠品の捏造まで。
被告人を有罪にするためならば何でもした。
私も、今回、自分に不利な証言はさせないようにした。

一応、裁判には勝ったけど後味が悪い。
こんな勝ち方しても、全然嬉しくない。

気持ちが揺らいだまま帰りたくもない。

それに……私、日本に行く直前に、デーティング相手に暴力振るわれたのよね。

日本に行ってくると告げたら、ふざけるなってキレられた。
そして、肩と脚全体にアザができるくらい殴られた。
仕方なく、タイツ履いて隠して日本へ行った。

また暴力振るわれるのかな。
帰ったら。

だけど、アメリカでの法廷も控えてるし、帰らなきゃいけない。

でも…帰りたくない。

気付いたら、頬に涙が流れてた。

裁判に負けた訳ではないのに。

こんなとき、きっと。

蓮太郎……私の家の近所に住んでいる男の子でデーティングの相手。
こっちが本命の男の子。
彼だったら……

飛び級をするために、勉強を頑張っていた彼なら、私を心配して、駆けつけてくれるに違いない。

「会いたい。」

本音が、自然に声になる。
この涙の理由に、彼に会えないことも、きっと含まれてる。

背後に……誰かの気配。
肩に手を置きかけて止める。
私が泣いてることに、多分気付いたのよね?

気付くの……宝月蓮太郎だけよ。

「来ると思ったわ、蓮太郎。」

「泣きながら言われても、説得力ねぇな。
……メイ。」

やっぱり……気付いてた。

「何か…あった?」

彼はそう言って、優しく抱きしめてくる。

いつの間にか、私の165cmの身長なんて15cmも追い抜いていた彼。
声が上から降ってくる感覚に、まだ慣れない。

蓮太郎は、心から私を心配してくれてるっていうことが伝わってくる。

だけど……アメリカにいるアイツは、浅川 将輝《あさかわ まさき》は、そんな気持ちなんて一欠片もない。
ただ……私の身体目当てなだけよ。

束縛して、無理やり抱いて……暴力振るって。

私のことなんて……モノ扱いよね。

蓮太郎に、暴力を振るわれていることや、検事の存在意義がわからなくなっていること。
せっかく顔を見られたのだから、この際、この場で打ち明けようかとも思った。

……だけど……やめた。

蓮太郎には、日本でのびのびと暮らしていてほしいから。
私なんかのことで、心配をかけたくなかったから。

「アメリカで……いろいろあってね。
ちょっと帰る気がしないだけ。」


"ちょっと"
じゃない。
本当は帰りたくない。

この気持ち……気付いてよ……。
蓮太郎。

「電話……してきていいからね?
いつでも。
なんなら、オレがそっち行くしさ。
オレ、もうメイのガールフレンドに立候補してると思ってたけど。
メイ、お前のこと守りたい。

ねぇメイは違うの?
俺のことはボーイフレンドじゃない感じ?

すぐじゃなくていいから、返事、聞かせてくれな。」


私に何かあったことがもうすでに分かってるような言い方で、ちょっとムカついた。

しかもだんだん抱きしめる腕の力……強くなってない?
しかも、サラリとガールフレンド、なんて言わないで!
デーティング期間を終わらせて、本命になりましょう、って意味なの、わかってるのかしら?
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