そこを行く人【短編】
カサリ、
と、
目下の方向から僅かに主張した存在に、気づく。
ノートから破り取ったような、ラインの入った紙が、枝葉や塵に混ざって半ば埋もれるようにして、私の足の向く先にあった。
ゆっくり近付いてしゃがむ。
見ればそこにはもう風化によってとても薄くなった、それでもまだちゃんと読める綺麗な文体で、
『ありがとう』
とだけ。
あぁ、と、ふいに詰まった胸の苦しみが漏れるように息を吐いた。
人の温もりの消え去ったこの場所に、温もりの跡があったことが、胸が痛くなる程の、頬を濡らす程の温かさと切なさを、静かに作用させる。
何かが、嬉しかった。
その紙は、そのままに。
私はゆったりと、また一段と仄明るくなってきた校内を引き返した。