こころ、ふわり
気づけば静物画のリンゴは想定していたよりも黒く塗りつぶしてしまっていた。
「はぁ……もうやだ」
菊ちゃんにも聞こえないように、小声でつぶやいた。
やがて授業が終わり、みんなが静物画を提出する中、菊ちゃんに背中を押された。
「ほら、萩!」
ちょいちょい、と私の手元にあるラッピングされたチョコを示唆する。
絵を提出するついでに渡せと言っているらしい。
どうしようかと迷っていると、離れたところで
「今渡しても怒られないよね?」
という会話が聞こえてきた。
そこへ目を向けると、前に指を怪我した時に芦屋先生に付き添ってもらっていた里美が何かを持っているのが見えた。
それがバレンタインの包みだと気づくまでに数秒もかからなかった。
プチン、と私の中で何かが弾けた。
「先生、これ受け取ってくださーい」
と里美が絵と一緒に包みを渡していたので、そこへ私も向かう。
彼女が先生のそばを離れた時に、私は手に持っていた黒いリンゴの絵と白い袋を無言で渡した。
芦屋先生のとても驚いた顔が私の目に入る。
先生は驚きすぎて私が差し出したものを受け取るのを忘れているようだった。
「早く」
と私が急かすと、先生はハッとした表情になり「ありがとう」と受け取った。
プイッと顔を背けて、私は急いで美術室を出た。