Faylay~しあわせの魔法
「優しさは必要ない」

アレクセイは向かってくるランスに剣を向けた。

「優しさは、平和な時代にこそ必要なもの。今は、捨てるべきなんだ」

誰に言い聞かせているのか。アレクセイはギリ、と歯を鳴らす。

「そうでなければ!」

ビュッと飛んできた拳をかわし、アレクセイは剣を突きたてた。

ランスの胸の、命の鼓動の、ど真ん中に。

「そうでなければ……何も、変えることなど、出来はしない……」

呟くアレクセイの肩を、ランスが力強く掴む。

唇を震わせながら、ランスは首を横に振った。

「優しさを、捨ててはいけない……どんなときでも、人を思いやることを忘れてはいけない……そうでない人間に、生きる資格など、ない……」

必死に訴える薄い青の瞳に、アレクセイは奥歯を噛みしめた。そして……更に剣を深く食い込ませ、目の前の命の火を完全に奪い去った。

ドサリ、とランスの身体は冷たい氷の上に崩れ落ちる。

アレクセイは大きく息をしながら剣を引き抜き、滴り落ちる鮮血を振り飛ばした。

「“貴方たち”の言葉は正しい。だが、時間がないんだ……」

静かに屈み、ランスの左手を取る。

そして彼の薬指にはまっている銀の指輪を、時間をかけてゆっくりと引き抜いた。長い間はめられていたのだろうそれは、そこから抜き取られることを拒否するかのように、なかなか抜けなかった。

それから、小指にはめられていたアリアの指輪も一緒に抜き取る。

掌の上に一回り大きさの違う同じ指輪を転がし、そっと握り締めた。

「優しさは必要ない」

もう一度、そう呟く。
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