Faylay~しあわせの魔法
(駄目だ)

掴まってはいけない。

本能的にそう感じ、リディルは身をよじって魔王から逃れようとした。

だが疲労困憊の身体にはまったく力が入らず、そしてフェイレイを癒すことに全ての力を注いでいるリディルに、新たな精霊を召喚するだけの力は残っていなかった。

「放してっ……」

もう片方の手首も掴まれ、どうにもままならなくなる。

精霊を召喚し限界を越えていた体は、やがて力が抜け、視界が暗転してしまった。

崩れ落ちていく体を受け止め、魔王はそれを大事そうに抱え上げる。そして黒い霧とともにバルコニーから姿を消した。



リディルの意識が途切れるのと同時に、フェイレイを包み込んでいたフォレイスの女王、そして空を飛び交っていた他の女王たちも姿を消す。

暗雲の中を走る稲妻に目を細め、フェイレイは辺りを見回した。

「アレクセイ……?」

降りしきる雨の中に、彼の姿が見当たらない。遠巻きに兵士たちの姿がチラホラと見えるだけだ。

いなくなったのならそれでいい。

今のうちに地上に戻り、リディルのところへ行かなくては。

治療途中で女王が消えた。恐らくリディルが倒れたのだ。

小さな精霊たちとは違い、女王は疲労まで取り去ってくれた。それは完全ではなかったが、ここから逃げ出すくらいなら大丈夫だろう。


少しだけ足を引き摺りながら走り出した、その途中。

背後に凄まじい力を感じ、振り返る。

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