アンガー・グラッチ・ヘイトレッド
「遠出したわりには大したこと無かったな。もっと囲まれて大ピンチみたいなのを想像してたのに。」
バットをぶんぶん振り回しながらトンネルの中を歩いていた。
実を言うと最近この狩りに飽きていた。
今まで狩りをしてて危機的な状況に陥ったことが無いからだ。
元々スリルを求めて始めたもんだから、手応えの無いマッドボールに飽きたのだ。
マッドボールっていうのは俺が付けた名前。さっきの黒くて丸い物体のこと。
「もう止めよっかなぁ。これだったら人を相手にしてたほうがまだマシだぜ。」銀色に染まった頭を掻く。トンネルを抜けて深呼吸。トンネルの中の淀んだ空気を吐き捨て外の新鮮な空気で肺を満たす。
バイクのハンドルに引っ掛けてある釘バット専用ケースに釘バットを閉まってエンジンをかける。
キョカカカッ!とセルモータが回り、アクセルをふかすと気持ち良くエンジンが吹け上がりマフラーからポンポンッ!粋な音が響く。
コイツも二台目。
過去に俺はバイクに乗ってて死にかけた。
思えばこれが始まりだった。
喧嘩をしに行く道中だった。友達が因縁をつけられたからそのお返しに。
簡単に言うと、前方から暴走してきた軽自動車と正面衝突。
車のスピードはかなり出ていた。
俺もスピードを出していた。
俺は迫ってくる車を避けなかった。あっちが対向車線をはみ出してたから、当然避けるだろうと思ったのだ。お互いが避けるに避けれない距離まで詰まる。
このままぶつかれば死ぬなと思った。次の瞬間にはわざと倒れてバイクと一緒に車の下に。車のバンパーに引っ掛かったバイクは潜ることなく、激しく火花を散らしながら車に押され。俺は頭から車の下に突っ込んで、そこで意識はぶっ飛んだ。
目が覚めたら知らない天井で。

身体があちこちいたくて。
酸素マスクが苦しくて。

ひたすら眠たくて。

母さんは泣いてて。

「(俺…生きてたんだな…。)」
ただそれだけを思ってたら、心の中から怒りとか憎しみとかそういった類いの感情が全部抜けて。
そんで、マッドボールを見た。
< 48 / 88 >

この作品をシェア

pagetop