蒲公英
Gegenwart Ⅰ
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その日の帰り、河南子は思いつめた顔で言った。
「ねぇ、湧己さん」
「ん?」
「さっきの春日さんの言葉…」
「誤解だって」
僕はうんざりして答える。
なにも知らない河南子がそれを問うのは当然なのに、弁解なら先程未来に済ませたと、理不尽な苛立ちが募る。
正直、今は勝手に溢れだして流れていく記憶を追いかけるのに必死で、なにより大事にするべき河南子との現在を気にかけている余裕なんて持てない。
だが河南子はなおも言い募った。
「でもさっき私がついてたとき、春日さん、ずっと同じ名前を呼んでたの」
「なんて?」
「やだよ、湧己…って。泣いてた」
一瞬言葉につまった。
河南子は沙羅の存在すら知らない。
大学からの仲間は僕ら6人だけだと思っているはずだ。
僕はそれを利用して陳腐な嘘をついた。