アルカディア少女
「ねぇ、だから孝一はこの私じゃなくて、あの斉藤ミキを愛してるんでしょう?」
訴えるように、責めるように、やっぱり震える言葉を最後に彼女の話は思った。
話し終わった彼女の拳は、数十分前と同じように小さく赤く、震えていた。


しばらくの沈黙が部室の中を沈む。無音の中で微かに耳に届くのは2人が呼吸する静かな音と、秒針が動く小さな音、それだけだった。沈黙の底まで沈みそうな2人。一人は嫉妬に傷つき、一人は嫉妬させてしまった自分に傷ついていた。


「ねぇ、孝一。」
詩織は孝一の腕の中から逃げ出すと、彼の真正面へと向き直る。冷ややかなにまるで氷のように冷たい彼女の瞳。そこから彼女が嫉妬に胸を狂わせていることが十分に知ることができた。


「貴方は私と、あの女どっちをこれから愛するつもり?」
腕を組み、胸を張ってそう言った詩織。
それでも、孝一には彼女が強がってそう言っているのが手にとるように解かった。それは小さく震える彼女の肩が見えるからではなく、孝一が詩織を愛しているから。


孝一は、口角を上げ二ヤリと笑った。
「俺がこれから、お前じゃなくてあの女を愛すると、お前はそう言うんだな?」二ヤリと笑う同じ口がそう言う。


「ええ、そうよ。だってあんなにあの女の隣にて、まるで孝一はあの女に心を許してるようなんだもの。」
一瞬、彼女が俯く。俯いた彼女の氷から何かが零れ落ちた。
彼はそれを見逃さなかった。


「詩織、俺はお前しか愛せねぇんだよ。」
孝一は腕を伸ばして、無防備に涙を零した詩織を抱きしめた。前からしっかりと抱きしめ、すっぽり腕の中に愛しい人を包み込む。


「孝一・・・。」「テメェしか、愛せない、俺は本気だ。」
2つの掠れる声。いつの間にか詩織の震えは止まっていた。


しばらくの間そうやって抱きしめ合っていた、2人。秒針が音を立てて動いてる。カチャリと鳴った。それは秒針の音ではなかった。
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