エングラム
耳から体を震わせる重低音。
けど重くはない、軽い。
ケイの言葉を思い出す。
──ベースはあって当たり前ってくらい、大切な心臓なんだよ──
サラサラの亜麻色の髪。
ケイの指先がたどったあの低い音は、優しくて強い音だった。
クラスペディアの心臓に、相応しい音だった。
私の指、四本の弦の中。
心臓の、音になれ。
──学校のある一週間は、昼はピアノ、夜はベースという音に浸っていた。
そんな私を、シイがくれた花が見ていた。
いよいよ待ち遠しかった土曜日。
ベースを背負うと私は家を出た。
「──うわあ…」
外に出た途端にむわっとした暑さが体を舐めた。
あぁ、もう、こんなに夏だったのか。
セミの鳴き声が聞こえるのももうすぐだろうな。
眩しさに目を細めながら、駅へ行き電車に乗った。
いつもの駅で降りて、あのビルへ向かう。
「……夏休みまだかなあ」
独り言を人波に零した。
やれ高校の体験入学だの、やれ受験勉強だの。
やらなきゃいけないこといっぱいあるじゃん。
うわ、じゃあ夏休みなくて良いかも。
こんな風に自由に私は音楽をしてたいんだ。
そんなことを考えながらいつも触れる金属のドアを開けた。