エングラム
ドアを開けたら──バスドラの低い音にお腹を叩かれた。
「……シイ?」
バスドラに乗ってくるスネアの軽快なリズム。
「……シイ」
こんなとこで音を跳んだり走らせるドラマーはシイだけだと思う。
人が捨てた場所。
人を捨てる場所。
思い出したあの日の言葉。
あれからは、急展開って言っても良いよなぁ。
シンバルの音が閃いた。
あ、これ生の音じゃない。私は悟る。
もっと弾いたような音が出るはずだ。
これ、エレキドラムだ。
階段をのぼりおえた時、その音が止まった。
「よくエレキドラムだって分かったな」
「また読まれましたか…」
突っ込みはしないがボソッと呟く。
「お前、耳が良いんだなあ」
だんだんベーシストらしくなってきてんじゃないか?
眼鏡をくいと持ち上げて、シイが言った。
「それなら嬉しいです」
素直に答える。
「ケイとユウはしばらくしたら来るだろ」
「そうですか」
返事をして、バックから楽譜を出した。
「これ合わせたいなあって」
シイは立ち上がると私の差し出した楽譜を見る。
「へえ、ショパン」
「……出来たらユウに編曲をと…」
ポロネーズ第六番 変イ長調。
英雄ポロネーズと言われている曲だ。