エングラム



「あぁ、そうだな──昔のことだが」

シイがとつとつと、遠くを見ながら語る。

バンドを組み始めた頃の話になるらしい。

「オレは椎名さんて呼ばれてたからな。──いつの間にかそれがシイに変わってた」

いつの間にか、というのは寄り添うことができた証拠の言葉だ。

「そうなんですか、セージさん」

「そうなんですよ、シランさん」

なんて呼ぼうかな、セージって名前良い響きだし。

「もしかして、花の名前だったりします?」

「お、よく分かったな」

思い付きを口にした一言に、シイは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「分かる奴あんま居ないからなー、さすがだシランっ」

可愛らしい笑顔のまま、シイは私の肩を抱いて揺さぶった。

「うわわ」

「セージの花言葉は幸福な家庭、家庭の徳」

そう言って私の顔を見たシイの目が、優しくて。

いつもは眼鏡を隔てて見つめるのに、今日はそれがないから。

照れ臭くて、少し顔を背けた。

「さて、寝ようか」

シイは立ち上がると、布団用意してくるからと2階へ行った。



< 254 / 363 >

この作品をシェア

pagetop