エングラム
「あぁ、そうだな──昔のことだが」
シイがとつとつと、遠くを見ながら語る。
バンドを組み始めた頃の話になるらしい。
「オレは椎名さんて呼ばれてたからな。──いつの間にかそれがシイに変わってた」
いつの間にか、というのは寄り添うことができた証拠の言葉だ。
「そうなんですか、セージさん」
「そうなんですよ、シランさん」
なんて呼ぼうかな、セージって名前良い響きだし。
「もしかして、花の名前だったりします?」
「お、よく分かったな」
思い付きを口にした一言に、シイは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「分かる奴あんま居ないからなー、さすがだシランっ」
可愛らしい笑顔のまま、シイは私の肩を抱いて揺さぶった。
「うわわ」
「セージの花言葉は幸福な家庭、家庭の徳」
そう言って私の顔を見たシイの目が、優しくて。
いつもは眼鏡を隔てて見つめるのに、今日はそれがないから。
照れ臭くて、少し顔を背けた。
「さて、寝ようか」
シイは立ち上がると、布団用意してくるからと2階へ行った。