エングラム
「無罪だからオレ」
まあシイは、そんなひどい人じゃないもんね。
言われてみて考え、ボロボロの記憶の糸を辿る。
そういえば夜、寝ぼけて色々口にした気がする。
──多分、ケイのこと。
「当たり」
昨日夕食を食べたテーブルの上には、綺麗に焼けたフレンチトースト。
「不安だったら、もっと泣いて」
フレンチトーストの甘い匂い。傍に置かれた紅茶から漂う湯気。
出来すぎな洒落た朝。
「もうシイの前では、たくさん泣きましたよ」
出会わなかったら、一人で水溜まりを作っていた涙だ。
「いただきます」
紅茶に口をつけて、温かい息をほうっと出す。
「──美味しい」
そう言うと、シイは目を伏せて口の端を上げた。
そのままフレンチトーストもかじる。
仄かな甘味。柔らかい触感。
「……朝起きて作ってたんですか?」
「お前がいると怖くて、つい」
失礼ですね、と言い返しもう一口。
料理を教えてもらおうかな、と少しふて腐れながら思った。
「勿論、構わないって」
シイが紅茶の湯気で曇った眼鏡を掛けながら言った。
白い眼鏡に笑った。